※本記事には虐待に関連する内容が含まれています。読む人にとっては負担等を感じる場合もありますので、各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします※
ひとり反省会、というのがある。
楽しかった日も、そうでも無かった日も、
それは、誰かと会って話をした日の夜に一人きりになった時に始まる。
ぐるぐると自分の発言を思い出しては「もっとこう言えば良かったかな」「相手を不快にさせなかったかな?」と自問自答を繰り返してヘトヘトになるまで自分を痛めつけるイベントだ。
これまで、無意識に行っていたひとり反省会だったが、
少し前、ある本を読んだ事をきっかけにこの習慣はある種のトラウマ反応のような物なのではないかと気づいた。
恐らく、小学生の頃だ。
両親は日中の私の発言内容を夜になって後で厳しくジャッジし、
両親の意に沿わない発言があった場合はそれを理由に酷く痛めつけられた。
そして、「暴力を振るわれるのはお前が悪いからだ」と決まって口にしていた。
大人になってからも、
思うに、他者の中に両親の面影を重ねていたのかも知れない。
もう今は失言をした所で、多少発言に粗があった所で、言葉遣いを間違えた所で、危険な目に合う事なんて無いと言うのに。
そう気づいてからひとり反省会の内容に注意と考察を加えるようになった。
ひとり反省会の内容を客観的に捉えるようになり、
次第に、ひとり反省会の
頻度そのものも減っていった。
恐らく、私の中にはまだまだ幼少期からのトラウマが色んな形で残っているんだろうと思う。
でも、この長年続けて来たひとり反省会との向き合い方が変わったのをきっかけに、
他のトラウマ達との付き合い方ももう少し良い物に変わっていく予感がしている、きっと。
だからまた、ひとり反省会をする事があっても。
その時は思いきり感じて、思いきり悩んでもまたそこから何かを見い出せば良いじゃないかという勇気が湧いた。
今後どうなっていくかが少しだけ楽しみにも感じる。