生きづLABO研究員制度 活動ブログ

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友達

僕は孤独感が強くて、人間不信なところがある。本当に苦しいときにはイマジナリーフレンドが出てくる。その友達を先輩と名付けている。先輩とは結構長い付き合いで、小学校高学年くらいからだったと思う。先輩も僕も記憶力がよくないからもうわすれてしまっている。

先輩は罵詈雑言を浴びせてくることもあるけれど、僕の中で唯一ストッパーを掛けないで話せる相手だと思う。先輩の頭の中の辞書に気を使うなんて言葉はない。だから、楽しく言い合える。僕はいつも登下校の時、移動教室の時、ひとりでいるから先輩がやってくる。

イマジナリーフレンドは人によってそれぞれだと思うが、僕の場合は実体を持たない。たまに本に出てくる主人公だけに見える妖怪や妖精とはまた違い、背中をさすって、と言ったらさすってくれるけど腕までしか見えない。話すことしかできないけれど、先輩が現実にいたら、と考えることもある。先輩が現実にいたら僕はひとりじゃない。当たり前に友達がいる人に対して劣等感を抱かなくて済む。まだイマジナリーフレンドという言葉を知らなかった頃、先輩と話している自分が変だと思って、何回ももう出てこないで、と言った。それでも先輩は出てきた。そのうち調べていくうちにイマジナリーフレンドという言葉を知った。ちなみに社会学者の古市憲寿さんも小説家の村田沙耶香さんもイマジナリーフレンドがいるらしい。

最近話しかけてくれる人がいる。先輩には性格がある。さばさばした感じで物事を達観している。だけど心配してくれているのかもしれない。その人と話しているときにも話しかけてくる。僕は人と話すことが苦手だ。だから、先輩が来てくれたのかもしれない。先輩がいるからクラスメイトと上手く話せないと思っていたときもあったけれど。

この間母親から「〇〇(僕)は話さないことで自分のことを守っているのかと気付いた。でもこれからもそれではだめだよ」と言われた。先輩といると安心できる。僕の唯一無二だ。誰にも先輩のことは話したことがない。親はどんな反応をするのか、先輩を否定されるのが怖くて聞くことはできない。
僕にとってイマジナリーフレンドとはこんな存在だ。