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子どもな私をケアするには 3.私にあらわれた「困ったこと」

※本記事には自傷行為希死念慮についての内容が含まれています。読む人にとっては負担等を感じる場合もありますので、各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします※

第三回です(第一回第二回)。今回は小学校入学以降にあらわれた私の困ったことについて書きたいと思います。

⑤私の色々な癖
幼い頃から爪を噛むことを辞められませんでしたが、小学校入学以降は鉛筆を噛むことや、頭をぶつける自傷が止まりませんでした。これは全て1人になった時にしていました。やめようという気は全くありませんでしたが、親の前ですると怒られるので、親の前ではしませんでした。
そして夜になると、毎日どちらかの妄想が始まります。まずは、①朝になったら私はダンボールに詰められて、森や危険な所に捨てられるのでは、というもの。 もう一つは、②いつか私のことを優しいお母さんが迎えにきてくれる、というもの。髪が長くて、横で結んだお母さん(母親ではない知らない人)が、「〇〇ちゃんよくがんばったね、もう頑張らなくていいんだよ」って私の手を握ってくれる。頻度は①が週5〜6、②が1・2週に1回でした。

⑥思春期に入って
⑤であげた癖は治ることがなく、中学校に入ると、服をビリビリに破いたり、学校で暴れたり、泣き叫んだり…冷静でいられる時は、自分おかしいなと思いますが、一度すると止められませんでした。
服を破いたり暴れたりして、親は気づかないのか?気づいていたかは分かりませんが、その話題に触れられたことはありません。服は破いた服を自分で穴を縫い合わせたりして着ていました。学校の先生も暴れているので家に連絡していたかもしれませんが、話題に触れてはいけないと思われていたのかもしれません。でも、体育でケガをして帰った時は怒られるのです。「運動神経が悪い、人に迷惑をかけた」と。

⑦初めての気持ち
中学生に入って、初めて明確に「死にたい」「死ぬってどんな感じなんだろう」と考え、リストカットという言葉も知りませんでしたが、手首にハサミを当てていました。怖くて切れませんでしたが、今までした自傷より、すごくドキドキしたのを今でも覚えています。
今思えばよく怒られなかったと思いますが、私の中学時代のあだ名は「レズ」でした。レズビアンから来ているわけですが、私はその意味を当時は全く知りませんでした。なぜその名前?と同級生に聞くと、「女なのに女好きだから」。確かに私は男の先生より女の先生が好きでした。だからと言ってベタベタするわけでもなかったのですが、噂が立っていたようです。でも私は、女の先生を性的な対象としては見たことがなく、「もっとお話ししたい」「もっと私のことを見て」と思っていました。私が好意を寄せる先生は、私のことを頭ごなしに叱らず、中学生の私に対して、もっと小さな子(3〜4才?)ぐらいに話すような感じで関わってくれる人たちでした。私は色々なことが人より遅いしできないことも多いのに、そんなに優しくしてもらえるのが、嬉しくてたまりませんでした。

女の先生に好意を寄せる(と言っていいかは分かりませんが)ことから、これからの人間関係に支障が出てき始めます。ケアになかなか辿り着かなくて申し訳ないですが、もう少しお付き合いください。

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