(2025年12月11日に投稿した記事を、同年12月15日に修正しています)
0.研究についての考察
研究員っていうけど、なにか研究できるほど勉強してない。
でも、社会構成主義的な、「この社会には、こんなことを言っている人がいるよ」というくらいの内容なら、書けるかもしれない。
だとすれば、自分の経験に基づき、自分の言葉で、語ってみよう。
1.テーマ
さて。
今回は、人とのつながりと距離感について書いてみたい。
ぼくは、人と仲良くなれない。
そのくせ人とのつながりを求めてる。
この感覚と、これまでの対人関係を振り返りながら、考えてゆきたい。
2.対話に関わる僕の特性
ぼくが経験してきた他者との関係には、僕のコミュニケーションに関わる特性が影響してきた。
そこで最初に、僕の特性について説明させてほしい。
僕は、頭のなかで文章を組み立てることが難しい。
コミュニケーションを取る上で、言葉がスムーズに出てこない。
相手が話しかけ、僕に質問を投げてくれても、上手く答えられずに黙ってしまう。
それが対話を阻害し、相手との関係を築きにくくしている。
また、人よりピョコピョコと動く手足のふるまいも、特異的だろう。
それらの特性が総じて、他人との関係づくりを阻害している。
3.対話における苦手な場面
そんな自分にとって、慣れない相手との対話はしんどい。
こと、会うのが二回目くらい、でもあまり親しくない、みたいな関係だと、なに喋ったらいいのか分からない。
加えて複数の人がおり、他の人は仲良く話してる、みたいな場面だと、喋りにくさは倍増する。
そこには、対話がスムーズに運ばないことで生じる、相手との距離がある。
同時に、僕がその場に感じてしまう心理的な距離も混在している。
自分の特性を、怪訝そうな目で見るような相手だと、そこに居ること自体が苦しい。
委縮する緊張感のなかでは、心身ともに衰弱する。
入れない会話に入ろうとして、おどけて見せ、他者を面白がらせようとすることもある。
置物のように、じっと黙ってにこにこしていることもある。
本来の自分から離れた者を演じるのは、努力を要し、後からくる疲労感が大きい。
このような、場に馴染めない感覚や、場に入ろうと自己不一致な行動をすることが、他者との距離をより大きく感じさせる。
4.話しやすい場面と相手
次に話しやすい場面を挙げてみる。
カウンセリングや心理療法は、好きでよく利用している。
一対一の契約関係があって、話し手・聞き手の構造があって、受け入れてくれる前提の対話だ。
話はしやすい。
けれど、援助職と被援助者という構造から抜けられないため、つながりを感じても、距離感は縮まない。
話せない特性の人が集まっているグループも、慣れてしまえば居心地がいい。
自分に近い特性の人となら、話せない特性やぎこちない振る舞いも、異常じみた扱いを受けない。
慣れるまでに時間はかかるけど、喋らない人同士でカードゲームをしたりするのは楽しい。
話せない特性を抱えている者同士、水平な関係で、距離感も近く感じる。
5.ここまでのまとめ
ここまで見てきた他者との関係において、つながりを阻害し距離を生む要因は、次のようにまとめられる。
●他者と異なる特性が原因で、会話が成立しにくく、対話がスムーズに運ばず、つながりにくさを感じる。
●他者に受け入れられてないような居心地の悪さや、他者に受け入れられようと自分を偽る行為が、疲弊感や距離感を感じさせる。
また、対話やつながりを作りやすい関係は、次のようにまとめられる。
●相手によっては、安心できる関係を築きやすい。
・一つは援助関係にみられるような、自分を肯定的に理解し、受け入れてくれるような相手である。
・もう一つは、ピアなグループの参加者のように、自身の特性を奇異に思われない相手である。
●場の構造によって、話しやすく、つながりやすくなる。
・一つは、話す側、聞く側、という構造が明確に作られている場である。
・一つは、ピアなグループのように自分の特性が悪目立ちしない場である。
・ただし、構造の設定により、相手との距離が近づきすぎないよう規定される場もあるだろう。
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