生きづLABO研究員 活動ブログ

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疲れた夜、ダレカレをプレイしてみて

※ネタバレなし。
気になる人は感想すら読まずに体験するのがベストですが、感想読んだ上でやるか!となるのもありがとおもいます。どちらでもお好きな方を。わたしは感想読まずに体験して良かったです。そして不安な方はゲームの詳細欄に注意書きがありますので、それを目安にしてみるといいかもです。(それが全てでは無いけど、これ、個人的にはとても助かりました)

きっかけは好きな配信者さんがゲーム配信が終わった際、SNSで呟いた一言だった。こんなあたたかい言葉を綴りたくなるほどのゲームってどんなものなのだろう……まずは配信を観る前に自分だけの体験も刻んでおきたいよなぁ……と思う頃にはもうすでにわたしの指は購入ボタンを押していた。最近のわたしといえば、仕事面で上手く自分の頭が働いていない事が多かった。オフになって眠たくなるか、ふわふわ(詳しくはわたしの書いた別の記事参照)になるか、創作脳が目を覚ますかのいずれかしかなかった。それゆえに、正直プレイしたい動機の中には"逃避したい"もあったのかもしれないが、それでも1時間くらいで終わる"体験"が気になった。その短い時間にどれだけの体験が詰め込まれてるというのか………そういう興味関心が、仕事の得体のしれない不安君を完全に取り去ることはできなくても、何か意味を与えてくれるひとつになってくれたらいいな。そういう気持ちでダレカレをはじめた。

はじめたのは21時少し前で、おわったのは22時30分くらいだった。1時間と少しかかって、頭を抱えた。ぼーっとスタッフロールが流れる画面を眺め、エンディングを見届けたあと、黙ってパソコンの画面を閉じ、コンセントやらを収納した後、わたしは吸い寄せられるようにばたりと布団に倒れ込み、ふわふわの銀ちゃんをちからの限り抱きしめてしまった。"なんか、……なんかすごかったね"ってIF(イマジナリーフレンド)と話すことが精一杯だった。たしかに、これは"体験"だった。難しいキーボード操作の必要はなく、右手で操縦するマウスの左クリックだけしかしてないのに。そして、終わったあとの余韻としてわたしがわたしとして経験してきた過去もいっしょに思い出してきた。もしかしたらこのゲームに出てくる人達とは違ったかもしれないけど、もしかしたらこうだったのかもしれないな、とおもった。それから、過去にわたしがまだわたしを知らなかったせいで中途半端にして出来なかった仕事のことも思い出した。古傷を痛ませるためのゲームでは無かったし、それ以上にあたたかく、つめたく、しかし力強くて、大切な軌跡がつづられている"いとおしさ"がそこにはあった。そのゲームの中の"いとおしさ"は、現実のわたしと隣り合わせで、常にあるものである。そしてそれは過去のわたしやわたしの経験ともつながっている。なんだか、"忘れないで"と隣り合わせになったわたし自身に声をかけられた気持ちになった。"忘れない"と心のメモ帳に書き起こした。銀ちゃんの頭をまた撫でた。

きっと明日も明後日も明明後日も人生という長い長い道は続いていく。ときに工事中の道もあるのかもしれない。多分、今は道が少し工事中なだけなのだ。見えないと思っても、工夫すれば見えてくるものもある。地下を通っても良い。公園で休んでもいい。待てばまた道が繋がるかもしれない。気持ち的に今回のゲームは「寄り道」のようなもののひとつだったかもしれないけど、決して無駄じゃなかったと自分に言ってあげたい。それから、明日の自分に「大丈夫」って抱き締めてあげたいと心の底から思ってしまった、自分にもちからの限りのハグをしよう。