※研究員の方が提案してくださったテーマ、「死にたいか消えたいか聞かれたらどちらを選ぶ?」に自分なりに答えてみる記事です。
死にたいか消えたいか、どちらかを選ぶとしたら私は「死にたい」を選びます。
「死にたい」と感じる回数のほうが圧倒的に多いし、死ぬことのほうが「自分の意思で何かを達成する」みたいなニュアンスが強い気がして、その部分に惹かれているのだと思います。
私は今まで何かを成し遂げる機会を奪われ続けてきたので、「死にたい」という言葉で「自分にしかできない何かを成し遂げたい」という気持ちを表現しているのかもしれません。
ですが、何がどうなれば自分の「死にたい」が達成されたことになるのかを考えると、ぱっと浮かぶイメージは「青空に溶けるように消えていく」などです。
消えていくという表現が登場して、「あれ…??」と思いました。
私は死にたいを選びますと言ったのに…??消えたいと思うことなんてほとんどないのに…??
「死にたい」を言い換えるならば、「何かを成し遂げたい」。
「死にたい」を達成する方法をイメージすると、「何らかの形で消えていく自分」のイメージが浮かぶ……。
どういうことなんだろう……。
あ、でも「消えたい」とは少し違うかもしれませんが「浄化されたい」や「魂を救われたい」は度々思っている気がします。
「死にたい」と思いながら「消えていくこと」を望んでいるみたいな感じなのでしょうか…??
2択に答えるだけのつもりが、はてなマークが散りばめられた文章になってしまいました。