生きづLABO研究員制度 活動ブログ

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相談できない理由を考えてみる

私は相談することが苦手です。

たとえば仕事などで、分からないことを相談すること自体はできるのですが、自分自身の悩み事について他者に相談することがなかなかできず、その結果溢れ出した気持ちを自傷行為で発散させようとしている気がします。

よく自傷行為を辞めるため?の方法として、気持ちが溢れる前に他者へ相談することが推奨されますが、私自身もそれができたらベストなのにと思っており、なぜ相談できないのかについて考えてみることにしました。

まず自分自身「自分で考えるべき」「他人に頼るのは未熟」「最終判断は自分で下すべき」といった自己規範があるように思えます。また、共感や同意を求めているだけの相談をするのは良くないだろうという感覚があります。

自分のことについて相談する場合、その内部情報を最も多く持っているのは自分自身であって、その情報にアクセスしていても解決できないのであれば、自分の考えが至らないのだろう=改善の余地があると解釈しています。

なので、その状況下で、他者に相談に乗ってもらい、リソースを割いてもらうことに大きな抵抗を感じます。

そして他人に相談する場合、相談で得られた答えを参考にするのは、他者の人生を生きているのと同義だろうと解釈してしまい、絶対に誰にも相談せず、自分自身で考え続けて答えを出し、それを信念として従わなければならないと思ってしまいます。

これらのような「自分で考えるべき」「最終判断は自分で下すべき」といった要素はよく言われていますが、自分の場合、それらを強く当てはめすぎてしまっているのかもしれません。

そして、なぜそのようなことを強く思っているのかというと、幼少期から相談した経験や相談して解決した経験が希薄なことにあるなと思っています。

また、自分が悩んでいることは性別違和に関することが多く、(シスジェンダーだと思われたいので)それらの悩みがあることを伝えたくない、当事者性が低い人からは理解してもらえないだろうし、当事者だからといって共感してもらえるようなものでもなさそうということも起因しています。

こうして考えてみると、自分が相談できないことには多くのハードルがあり、相談するのは難しいなと思いました。