子どもの時、親と先生、私の三者面談で「この習い事はもうやりたくない」「進学先はこっちがいい」と言って反抗をしてしまったことがあります。
親や先生は私の「反抗的な態度」を受け、困ったり泣いたりしていました。
でも、今改めて考えてみるとこの時の私は「自分はこうしたい」と伝えただけなのでは…?と思えてきました。
だとしたら、なぜ私はこの出来事を「反抗してしまった…」と長い間引きずっているのでしょうか。
いろいろ考えてみましたが、私はその時の状況や周りの反応が「これは反抗だ」と思ってしまう要因になっているのかも…?と思いました。
子どもの時の私の発言は、「言おうと決めて言ったもの」ではなかった気がしています。親や先生に自分の意見を話さなければならないという状況で、「あなたはどうしたいの?」「黙っていてもどうしようもないよ」などの圧をかけられて、限界になって発した言葉だったと思います。
発言の内容に関係なく、言い方の強さがコントロールできていなかったり、乱暴に言ってしまったのなら、「やってしまった…」という気持ちも残りそうだなと思いました。
そして、周りの反応についてです。
私の「やりたくない」「こっちがいい」という発言の後、明らかに空気が変わってしまったのを覚えています。
とてもじゃないけれど、「自分はこうしたい」を言っただけだ、なんて思えないような空気でした。
先生や親は「いつもいい子なのにどうしてそんなことを言うの?」みたいな反応をしてから、一生懸命私を説得しようとしていました。
状況を思い返してみて、「反抗」と認識してしまうのも自然なのかな、と思いたい気持ちが強くなりました。
そもそも、私は限界まで我慢して勢いで放出しないと自分の意見を言えません。
上手く言いたいのに、言えない…と困っている時に大人からの「言え」の圧を感じて、イライラして強い言い方をしてしまうことが三者面談以外の日にもあった気がします。
何となくですが、「大人たちからの圧や否定的?な反応、納得いかないよね…」と子どもの時の自分と対話してみたいと思いました。